第50回 東亜演劇賞受賞のご報告

2013年10月に韓国で上演した『가모메 カルメギ』(原作:アントン・チェーホフ「かもめ」/脚色:ソン・ギウン/演出:多田淳之介)が、韓国で最も歴史と権威のある賞とされる、第50回東亜演劇賞に於きまして、演出賞、作品賞、視聴覚デザイン賞の3部門を受賞いたしました。
1964年より始まり、50回目となる東亜演劇賞において、海外演出家の作品の受賞は初となるそうです。日頃より応援して下さっている皆様に感謝致します。

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【東亜日報Emailインタビュー全文】
受賞を受けての多田のコメントの原文を掲載いたします。

(質問1)東亜演劇賞の歴史のなかで始めて海外演出家の作品が受賞することになりました。受賞されたご感想をお願いします。
今回の受賞は個人的にも非常に嬉しく思っていますし、何よりも作品を共に作ったDAC、俳優、スタッフと一緒に喜びを味わいたいと思います。
ソン・ギウン氏とはお互いの劇団で5年間コラボレーションを続けてきました。その事が今回の受賞にも繋がりました。彼の戯曲を演出して受賞できた事が本当に嬉しいです。ドラマトゥルクのイ・ホンイ氏とも6年一緒に仕事をしています。これまで一緒に活動してきたチームでの受賞だと感じています。そして日帝時代を背景にした作品を日本人演出家として韓国で創作できたことだけではなく、素晴らしい賞までいただけたことは、昨今の韓日関係を考えても非常に意義のある受賞だと感じています。もちろんそういった現在の政治的背景があるからではなく、純粋に作品として評価していただいたと聞いていますが、この受賞を両国の芸術文化発展の確実な一歩にしていかなくてはと強く思っています。本当にありがとうございます。

(質問2)『가모메 カルメギ』は、アントン・チェーホフの「かもめ」を1930年代の韓国の物語として再解釈した作品ですが、このような空間と時代を決めた理由、それを通して観客に伝えたかったことは何ですか?
元々このアイデアはソン・ギウン氏が長年温めていたものでした。最初彼からこのアイデアを聞いた時は直感で面白そうだと思い企画を進めました。
韓日間の歴史だけではなく、チェーホフという海外近代戯曲の輸入や、主人公であるリュウ・ギヒョクの西洋文化羨望による葛藤は韓日だけではなくアジア芸術の持つ葛藤そのものでもあります。歴史作品ではなく、現在のわたしたちの姿を描けると感じたからです。
創作にあたってこの時代を日本人である自分が取り扱うことの難しさを特に感じました。「この作品が時代意識を語っているのかどうか?」という質問には、私からは「この作品は観客それぞれが自分の持っている時代意識と向き合える作品になって欲しいと思っている。」と答えるでしょう。私自身は自分の持つ考え方やテーマを観客に理解してもらうよりも、そういった観劇体験をしてもらえた方が嬉しいですし、常にそういうつもりで作品を作っています。
私たちの間にある歴史問題は「お互いの意識についてはその背景も含め理解はできる」時代になっていると感じています。しかしそれは、「お互いに同じ意識を持つことは難しいことも理解できる」とも言えるでしょう。では今、これから私たちがやるべきことは、当然お互いにこの問題から目を背けてはいけませんが、お互いの意識の違い、韓日関係から更に何を考えることができるか、だと個人的には思っています。つまりそれは人間とは何かということです。『가모메 カルメギ』は1930年代を背景にしていますが、時代意識を語るための作品ではありません。歴史や文化、そして芸術をとりまく人々の姿を通じて、人間とは何か、そして現在生きている私たちについて観客それぞれが問いを見つける作品だと私は考えています。

(質問3)演出をする際に、特に気を付けている部分がありますか?また、『가모메 カルメギ』では新しい試みはありますか?
演出をする時には、戯曲に書かれている物語と並走する演出の物語を考えるようにしています。舞台上の出来事の物語と言ってもいいかもしれません。戯曲と演出の2本の並走する物語は上演時間中に様々な形で反響し、時には反発するようになるのが理想だと考えています。『가모메 カルメギ』だと「俳優が一つの進行方向にしか退場しない」というのも演出の物語の一つです。
古典のように現在と時間の距離がある作品の場合は、時間の距離を無くす事は考えず、例えば現代に置き換えるのではなく、その距離を、距離があるままどう観客に届けるかということも考えます。
演劇は実演芸術ですから観客の存在を無視しないことも大切にしています。同じ空間、同じ時間に一定の人数が同じ作品を鑑賞している事自体も、作品の一部でありたいと考えています。Installation artのように、観客席も含めた空間に演劇をinstallして時間を構成するという考え方をしています。
前の質問の答えと重複しますが演出の動機は自分の感覚であるべきですが、それを伝えるのが目的ではなく、その演出から出来るだけ多様な解釈が出来るように心がけています。
『가모메 カルメギ』はこのプロジェクト自体が新しい試みだと思っています。戯曲を演出するという部分に関して、細かい部分での新しい試みは沢山ありましたが、観客にとってはチェーホフの「かもめ」と1930年代の韓日という背景でK−POPの曲が多く使用されるのは新鮮だったのではないかと思います。個人的にもIUと2NE1のファンです。

(質問4)演出家になった経緯について教えてください。
現在において、演劇はどのような意味をもっている存在だと思いますか?

大学は映画学科の俳優専攻だったので最初は俳優でしたが、次第に演出に興味を持ち始めて2001年に劇団東京デスロックを設立しました。2006年までは戯曲も書いていましたが、自分の世界を描くよりも他者の世界と出会う事に興味を持ち演出だけをするようになりました。
演劇は直接他者と出会えるところに大きな意味があると思っています。現在は自分と共通した部分を持つ人と出会う機会はインターネット上でも多くありますが、他者と出会える機会が非常に少ないです。本来人間は、自分と他者が違うという事から多くの事を学んできました。
例えば、人間は孤独である、しかし全ての人間が平等に孤独である、だからこそ愛し、時には衝突しても共に過ごしているんだということを、舞台上の物語を観たり、隣の観客の自分とは違う反応を体験することで感じる。そういった人間にとって必要な体験、人間同士が人間について考える事の出来る貴重な芸術だと思っています。

(質問5)韓日の演劇にはそれぞれ良いところ、悪いところがあると思いますが、どのように感じましたか?
良し悪しというよりも、全て「違い」として感じています。例えば全体の予算の中で何に重点を置くかも違いますし、舞台製作の進行のしかたも違います。もちろん日本人なので日本流の方がやりやすいですが、全体の進行の中でベストの方法をいつも考える様にしています。それは日本で仕事している時も同じです。ある意味全ての現場で環境は違いますから。韓国での創作ももう6年間続けているので大分韓国のやり方にも慣れています。
具体的に挙げるとすると、韓国はロングラン公演が多いのは素晴らしいと思います。劇場の数や演劇大学の数も日本とは比べ物にならないくらい大いですし、国の芸術に対する助成も日本より断然良いです。俳優のレベルも非常に高いと思います。悪いところは、僕と仕事をした事のある俳優が少ない事です。当たり前ですね。しかし演出家にとって自分と仕事をする事に慣れている俳優というのは何にも代え難い武器です。でもこの問題は今後も韓国で仕事を続けていくので解決していくでしょう。

(質問6)韓国と日本の歴史的な関係は微妙で複雑です。韓国の演劇人との交流とコラボレーションが多田さんにとってはどのような意味を持っていますか?また、その交流を通して得たものは何ですか?
大抵の日本人は、最初にお互いが似ている事に感動します。僕もそうでした。しかし次第に違いが目につくようになります。僕も今はむしろお互いの違いを感じる事の方が多いです。それは悪い事ではなく逆に非常に興味を持っている部分です。
複雑な歴史を持ちながらも、非常に近い近代文化を現在は形成し、しかし多くの違いを持つこの二つの国で活動する事は、自分にとっては人間について考える非常に貴重な機会だと感じています。韓日について考える事は全人類について考える事に繋がる、それくらいの要素を持っていると思います。他の国ではなく韓国とだから感じられる事だと思っています。
個人的に得たのは視点だと思っています。日本での私の活動の特徴は東京に拘らずに活動している事です。市の公共劇場の芸術監督もしているので、地域というサイズから地方や国という様々な視点で活動しています。韓国との仕事を続ける事で交流というよりも東アジアという視点で共に活動をしていると考えられるようになりました。

(質問7)『가모메 カルメギ』は韓国の俳優が出演し、韓国で初演された作品です。今後もこのような作業をする予定がありますか?
当然続けたいと思っています。具体的にはまずは『가모메 カルメギ』の日本上演を目指しています。
ソン・ギウンさんの第12言語演劇スタジオとのコラボレーションも続けていく予定です。

(質問8)最も尊敬する、影響を受けた演出家または作品がありましたら、教えてください。
演出方法については様々なものから影響を受けていて、演劇よりも音楽家のJohn Cageや即興演奏家のDerek Baileyの影響を非常に受けています。
演劇人としては平田オリザの芸術家としての活動を尊敬しています。



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